2016年7月アーカイブ

 今年もみき助産院恒例の、福知山市の大原神社へ助産院に関わってくださっている皆さんとお参りに行ってきました。
大原神社は1000年以上の歴史があり、安産の神様で有名で、京都府の指定有形民俗文化財である産屋もあるお産の聖地といえる神社です。
大原神社へお参りに行かれると妊娠した。というお話も聞きます。
実は、去年一緒にお参りした方もその後妊娠し、今年元気な赤ちゃんを出産されました。

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大原神社の林宮司さんも、その奥様もとても温かくて素敵なご夫婦です。
実は私自身も第1子の安産祈願からお宮参り、七五三とずっと公私ともにお世話になっています。

今回は林宮司さんとご一緒に写真もとっていただきました。
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その時に林宮司さんより実は、助産師さん向けにお守りを作りたいと思っています。
何か助産師さんらしい言葉や絵とかはないですか?と尋ねていただきました。
そこでうかんだのが「信じて待つ」という言葉でした。
7500人以上のお産のお手伝いをされていた私のはじめての師匠だった大正生まれの産婆さんは
「お産は焦ったらあきません。お産はまたなあきません。」といつも言われていました。

お産は自然なことですが、女性も赤ちゃんもいのちをかけてする大事業です。
お母さんの産む力と赤ちゃんの生まれてくる力を最大限に生かせるように、環境を整え、二人のいのちの力を信じて待つことが助産師の仕事です。
お産のプロセスは、とても繊細なもので、お母さんが焦らされたり、不安になったり、緊張したりするだけでスムーズにいかなくなることがたくさんあります。だからと言って、無理やりに手を出すと、赤ちゃんもしんどくなったり、まわりかたを間違えたり、いろんなことがおこってきます。
ひよこの孵化でも、蝶の羽化でも、自分で生まれてこようとするところで人間が変に手伝うと、羽を傷付けてしまったり、体に傷をつけてしまったりいのちにかかわる事態になってしまうそうです。
人間のお産も同じで、お母さんと赤ちゃんにとって必要のないお手伝いは二人のいのちに関わることもあります。
もちろん、医療の助けが必要なこともたくさんあります。
しかし、自然にお産が進んでいる時には、二人のいのちの力を信じて待つことが最大限のお手伝いです。

助産師がお母さんと赤ちゃんの力を信じて待つことは
お母さんが誰かに自分を信じてもらって待ってもらった体験になります。
その体験は、とても心地よく自分自身の自信になり、やがて、自分の子どもの力を信じて待つ力になります。
今、「子どもの力を信じて待つ」という事ができなくなり、自分も子どもを信じられず、子育てが辛い親、生きることが辛い子どもが増えています。
これは、お産の現場がいのちの力を信じて待つことができなくなってしまったことにあると私は思っています。

お産をすると、女性はオキシトシンホルモンのお陰で、子どもが好きでなかった人でも、赤ちゃんが愛しくて愛しくてたまらなくなります。
でも、そのホルモンの力がうまく働かないと子どもが可愛いと思えないことがあります。
これはお母さんのせいではなく、お母さん自身がどう育ってきたかや、お産のありかたに問題があります。
ホルモンは、自然なお産ほどスムーズに働きますが、自然なお産でも、お母さんが出血が多かったり疲労やストレスが強くても上手く働きません。
逆に、必要があり促進剤を使ったり、帝王切開のお産でもお母さんの心と体の準備ができていればスムーズに働きます。
大切なのは、どんな気持ちでお産と向き合ったか。
お母さんの気持ちが穏やかでリラックスできていたかどうかだと思います。

子育てにおいて赤ちゃんの時から、思春期、壮年期になっても、一貫して大切なのは
「子どもの力を信じて待つ」ことです。
それができるお母さんの力は、お産から始まっています。
信じて待つといっても、ほっておくことではありません。
目と、耳と、手と、口と、鼻と、五感で感じ、見守る。
親ができるだけの環境は整え、あとは信じて見守ることです。

人間の発達において、一番最初の土台となるのが、基本的信頼感です。
なにも出来ない赤ちゃんが、泣いたらおっぱい、おむつ交換、抱っこ、としてもらう中で無条件でお母さんに欲求を充たしてもらい
欲求をみたしてくれるお母さんを信じ、自分の存在も信じることができるようになります。
ここで、その望みがかなえられないと、それは不信感になります。
自分を信じられる、人を信じるられる、という事は人間の発達においてイコールであり、なくてはならない人間の土台となるものです。
信じるという事が人にとって最も大切であり、その信じる力はお産がスタートになります。

この、信じて待つという姿勢は
お産や子育ての現場だけのものではありません。
看護の現場でも、教育の現場でも、いのちを育てるという場では忘れてはならないことです。
そして、介護や看取りの現場でです。

人は、旅立つ時も、自然な旅立ちの時には本人が一番苦しまなくていいようにいのちは準備をします。
まずご飯が食べられなくなり、動けなくなり、でも一番大切な心臓と、腦と臓器が動けるだけの最小限のエネルギーは確保できるように
エコ稼働しだします。体の脂肪や水分がなくなり、脱水気味になり、骨と皮だけになっていきます。
見事に、植物が枯れるように人も枯れていきます。
そのような姿は、家族には受け入れがたく、少しでも医療を・・・とお手伝いしてしまうと内臓はもう余計に働きたくないのに、無理に入れた食事や水分を消化するのにむりがかかり、本人にとっては苦しさを増やしてしまうことがあります。
体重が減り、脱水気味は実は本人にとってはその方が体が楽で、一番辛くないようにするためのいのちのメカニズムなのです。
医療の助けは最小限にして、本人のいのちの働きを信じて見守ると、亡くなる3日前でも大好きな食べ物を口にでき、
亡くなる前日でも家族と普通に会話ができ、人間らしい旅立ちができることを私は自分の父の看取りで教えてもらいました。

いのちと向き合うということは「いのちの力を信じて待つ」ということだと
お産のお手伝いをさせていただくなかで、
父の看取りをするなかで、
自分自身のお産や子育てから
教えてもらいました。

みき助産院はこれからも
「子どもを信じて待つことのできる子育て」に繋がるお産を目指します。















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