2012年2月アーカイブ

京丹後の旅・・・

ようやく春を感じられる日差しのある日、京丹後の旅に行ってきました。
私が開業するにいたる中で大変お世話になった大先輩Yさんと共に、京丹後市で長年、助産院をされていたM先生にご挨拶に伺いました。


M先生は御年90歳。
今も背筋をしゃんとされた美しい方で、とってもお元気でした。
Yさん自身やそのご兄弟を取り上げられ、名前をつけてくださった方で、Yさんのあこがれの女性でした。
多いときには、月15~20件の分娩件数があり、従業員も5人もおられたそうです。
助産院の後地を見学させていただきました。
通りの端から端までの長く広いおうちで、表通りから自宅の入り口があり、裏通りから助産院の入り口があり、長い通路でつながっています。
先生は、2代目の産婆さん。お母さんも産婆さんでそのあとを継がれました。
助産院とご自宅の広さ、建物にどれだけ大きな仕事をされていたかがうかがえました。

子育ては、3人ものお子さんがありながら、仕事が忙しくて、お手伝いさんが育てられ、
赤ちゃんの時は授乳の時だけ、連れてきてもらったとか。
自宅出産の介助の現場まで家族が赤ちゃんを連れてきてもらって授乳したこともあったそうです。
助産師の仕事は家族の協力があってこそですが、家族で団結して仕事を続けられていたことをうかがいました。
当時の京丹後は雪も多く、胸まである雪をかき分けながら自宅出産の介助に向かったこともあったとか。

お産があったら、まる2日は先生が赤ちゃんを預かり、授乳の時だけお母さんの所へ連れて行き、お母さんに休んでもらったそうです。
「まる2日、十分やすんでもらうと、お母さんはとても元気になるの。うちでお産したお母さんは他の施設でお産したお母さんよりとても元気だったからよくびっくりされたの」と言われていました。
助産師の役割として、とても考えさせられるお話でした。
「寝る時間もなくて、1日2時間だけしっかり時間をとらせてもらって休んで、それですごく楽になったわ」
今の時代の人間には信じられない生活のお話です。

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このたび、Yさんが、長年の過疎地域での助産師活動において医療医療功労賞を受賞されるのですが、その話題から、M先生の表彰状や勲章の数々を見せていただきました。

自分や兄弟を取り上げてくれた産婆さんにあこがれ、産婆になった女性とその産婆さん。
二人の中で、受け継がれるもの。

そして、そのバトンを私も受け継ぎたいと思いました。
なんだか、すごい瞬間に立ち会わせていただいていることに感動しました。

帰り際に私もM先生に握手をしてもらい、とても暖かく強い気持ちを感じ、自分にとっても背筋を正す、貴重な時間になりました。







私が伝えたいもの・・・・・・
いのちといのちのつながり・・・
人と人との繋がり・・・・
そしてその中で受け継がれるもの・・・・・
それはいのちのバトンだけでなく、人の思い・・・・
命と人の思いをつないでいく・・・・・・




戦後のベビーブームを支えた、M先生。

高度経済成長時代、周産期医療の目覚ましい向上の時期に、北近畿多くの母子の命を救った周産期サブセンターを支えてきたYさん。

私も、次の時代の新しい産婆として、この思いを受け継げついでいけますように。

M先生の時代は、生む力のある女性が何人も子どもを出産しました。今ほど医療の助けを借りなければならない方はありませんでした。
Yさんの時代も、まだ女性の底力はありました。そして、M先生の時代には助からなった親子の命が救われました。
でも、今女性の産む力はどんどん低下し、医療の助けを借りなくてはならない女性のなんと多いことか。
現代の普通の生活をしていたら、普通にお産ができない。
私にできるのは、女性の産む力、育てる力、育つ力を支えること。
そのためには、今何ができるか考えています。
M先生やYさんの時代とは違う、新しい産婆のあり方です・・・。







2月21日(火)は布ナプキンを作る会でした。
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参加者7名。
今回は、皆さん裁縫上手でどんどん作業が進みました。
親子で参加された方、自分の娘や、これからの自分のために参加された方、
すでに布ナプキンを使用していて、来てくださった方。
とってもバラエティーにとんでいました。
作業をしながら、自分の体のことを話したり、知り合いだったことがわかったり、和気あいあいとおしゃべりも進みました。





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子ども達もとってもいい子でよく遊んでくれました。
8か月の赤ちゃんは、初めて会ったお兄ちゃんに興味深々。
お兄ちゃんのそばでずっと遊んでいました。













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完成品です!
それぞれに、素敵な作品が出来上がりました。


みき助産院は、5年目にして新たなスタートをします。
助産院の中にコミュニティースペースを作ります。

このスペースの名前は「ゆるり☆きらり」
おかだの里からお産を命を守る会が「ゆるり☆きらり」と名称変更し、その「ゆらり☆きらり」のメンバーがこのコミュニティースペースを運営します。
その作戦会議も進んでいます。
助産院も改修工事が始まり、お産の合間の作業なので急ピッチですすめていただいています。
「ゆるり☆きらり」の夢と無理難題を快く引き受けてくださり、ハートのあったかい職人さん達が頑張ってくださっています。

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これが、今までの助産院のキッチンです。

このキッチンが隣りの6畳くらいのお部屋と壁と押入れをとって、ひとつのフロアーになります。

助産院は築15年くらいなので、まだまだ使えるキッチンなどは再利用していただきます。

奥の部屋は、日当たりも悪く、湿気やすくて、寒い部屋でした。















CIMG4406.JPG天井もとり、天井にも床にも断熱材を入れてもらい、まどもペアガラスを入れて、とってもあったかくて気持ちのいい空間にしていただく予定です。

天井が現れただけで、もうなんだかいい雰囲気です。

カフェをしてくださるのは

A dish cafeさん 


改修を引き受けてくださったのは
植田建築さん

みなさん、進行状況をアップしてくださっています。

地域の人たちが、気軽に集えて、心も体も元気になるお手伝いができたら・・・・
子育て中のお母さん、妊婦さんだけでなく、お父さんも、祖父母世代も、若者も、いろんな方に利用していただきたいと思っています。
ただし!!お産があれば臨時休業となります。
その時は、新しい命の誕生を一緒に祝ってくださいね。

























2月の子育てを語る会

2月9日、子育てを語る会を開催しました!
雪で足元が悪いにも関わらず、4人もご参加いただきました。
ちょうど、雪と諸事情で車を停めるところも少ないため、ありがたい人数でした。

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久しぶりにお会いした子どもたち。
数ヶ月たつと、すっかりお姉ちゃんになっていました。

今日来てくれたお母さんは、4ヶ月の頃、友達の結婚式にアメリカまで行くということで、「母乳育児だけど、どんなふうに過ごしたらいいですか?」と語る会で相談するために来られたのが助産院に来られたきっかけでした。
そして、見事2泊4日赤ちゃんは家族の手厚いサポートで日本でお留守番をして、お母さんは初めての海外旅行に行って来られました。
おっぱいもそれほど搾らなくても過ごせ、帰ってからもすぐにおっぱいを飲んでくれたそうです。
そのお母さんは、先日の大雪にも、家族のために、1歳の我が子をおぶって、雪かきも頑張たそうです。すご~い!と皆で感動。





CIMG4402.JPG飛行機の中で、おっぱいのケアをするために作ったケープを見せてもらいました。真ん中の四角い穴からかぶります。
今でも、お出かけの時には、授乳に活躍しているそうです。














他にも、4ヶ月頃まで、おっぱいをしまう間がないほど授乳回数が多く、あまりまとめて寝ない子で大変だったけど、5か月頃にはミルクもいらなくなるまで母乳育児を頑張ったお母さんのお話も聞きました。
その子は、今9カ月。小ぶりちゃんだけど、はいはいもとっても上手で、つかまり立ちもできて、とっても活発な子に成長していました。

とてもいいお話がゆったりできた素敵な時間でした。




大雪の中の助産院

今年は、本当すごい雪でした。
寒波の大波を超えて、少しほっとしているこの頃です。
                             
もう、この雪を見て笑うしかない状態で、毎日雪かき頑張りました~。
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助産院も、埋もれています。
あまりのすごさに、記念写真です。

皆様、2月9日の子育てを語る会は、残雪のために車の置き場所がありませんのでご注意ください。



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